長崎のお盆
2013年 08月 16日
お盆に長崎にいるのは3年ぶり。
おばあちゃんとのお別れで急遽戻りましたが、かえってきたことで
もう片方の祖父母のお墓参りにも行けて長崎らしいお盆を過ごす。
長崎のお盆はお墓で花火をするので、夕方に行くと稲佐山をバックにこの夕陽。
甥っ子姪っ子は、手持ち花火から急に線香花火に集中。後姿がかわいい。
おじいちゃんたちもひ孫が花火して喜んでるでしょう^^
私たちも子どものころは、おばあちゃんにご先祖様が帰ってきやすいように
花火をして明るくしてあげてと言われ花火をしていた。
この風習が全国的なものじゃないとは大人になるまで知らなかったなぁ。
15日は長崎市は精霊流しがある。初盆のお家や町内ごとに故人をおくるために船をだす。
初盆ではなくても、お盆の間にお仏壇にお供えしていたものを
戻ってきていたご先祖様が帰るときに持っていけるように包んだ、
「こも」という物を船の最終地点までもっていく。
お供えは小さくてかわいくて好き。
この季節の和菓子やさんのお砂糖菓子も好き。小さい頃から見てるから安心するのかな。
この「こも」は、父方の祖母が亡くなってからもう20年余り父が家から歩いて運ぶ。
(ちなみに右側に写っているハンチングのジェントルマン?!が父)
今年は私も一緒に行ってきた。
港近くのこも置き場には、それぞれのお家の想いが山積みになっている。
この日は、長崎の街を走るチンチン電車も船の通りを待つ。
船は爆竹をならしたり花火をあげたり、ドラ(鐘)を鳴らしながら派手に進む。
耳が痛いほどの量の爆竹で、お祭り騒ぎのように見えるけれど、
船が出発するときや着いたときは、みんなで泣いてしまったりする場面もある。
船を出したことがある家は毎年思い出すのかもしれない。
これくらい爆竹でやかましいくらいが、泣いてしまっても聞こえず、
涙がでても火薬のあとの煙でみえないから都合がいいのかもしれない。
船に飾ってある故人の写真が若い方で仲間が船をひていたり、
小さな子どもさんの写真だったりすることもある。
当たり前のことだけど、毎年誰かが亡くなり、誰かが産まれていると実感する。
長崎出身のさだまさしさんの「精霊流し」という歌、
こんなに派手な長崎のお盆の行事の歌なのに、
暗いイメージだから敬遠してて、ちゃんと歌詞をきいてこなかったけど、
歩いていて、今年初めて歌詞が気になってきいてみた。
さだまさしってすごいと思った。私の歳がかわってきたからかもしれない。
母方の祖母が永眠し、みんなで集まるとひ孫や孫が、あの時代の誰に似てる!とか、
親戚内でそっくりさんを探す会話になったので、みんなで昔のアルバムをみた。
私の1歳。祖父母に囲まれてお祝いされている。
幸せ者だがもちろん全く気が付いていない様子。
私を抱くおじいちゃんは現在93歳。
今日は一緒に、おばあちゃんが作ってくれていたおはぎの話をしたりした。
おばあちゃんとのお別れは残念だったけど、普段は会えない人に会えたり、
お墓参りしたり、おじいちゃんにもまた会えた。
なかなか会えなくなった友だちにも会えた。
精霊流しもほんとに久しぶりみて、自分の年齢や立ち位置がかわってきたことも実感した。
おばあちゃんがこの独特の長崎のお盆に呼んでくれたとばいね。
おばあちゃん今までありがとね。
おばあちゃんとのお別れで急遽戻りましたが、かえってきたことで
もう片方の祖父母のお墓参りにも行けて長崎らしいお盆を過ごす。
長崎のお盆はお墓で花火をするので、夕方に行くと稲佐山をバックにこの夕陽。
甥っ子姪っ子は、手持ち花火から急に線香花火に集中。後姿がかわいい。
おじいちゃんたちもひ孫が花火して喜んでるでしょう^^
私たちも子どものころは、おばあちゃんにご先祖様が帰ってきやすいように
花火をして明るくしてあげてと言われ花火をしていた。
この風習が全国的なものじゃないとは大人になるまで知らなかったなぁ。
15日は長崎市は精霊流しがある。初盆のお家や町内ごとに故人をおくるために船をだす。
初盆ではなくても、お盆の間にお仏壇にお供えしていたものを
戻ってきていたご先祖様が帰るときに持っていけるように包んだ、
「こも」という物を船の最終地点までもっていく。
お供えは小さくてかわいくて好き。
この季節の和菓子やさんのお砂糖菓子も好き。小さい頃から見てるから安心するのかな。
この「こも」は、父方の祖母が亡くなってからもう20年余り父が家から歩いて運ぶ。
(ちなみに右側に写っているハンチングのジェントルマン?!が父)
今年は私も一緒に行ってきた。
港近くのこも置き場には、それぞれのお家の想いが山積みになっている。
この日は、長崎の街を走るチンチン電車も船の通りを待つ。
船は爆竹をならしたり花火をあげたり、ドラ(鐘)を鳴らしながら派手に進む。
耳が痛いほどの量の爆竹で、お祭り騒ぎのように見えるけれど、
船が出発するときや着いたときは、みんなで泣いてしまったりする場面もある。
船を出したことがある家は毎年思い出すのかもしれない。
これくらい爆竹でやかましいくらいが、泣いてしまっても聞こえず、
涙がでても火薬のあとの煙でみえないから都合がいいのかもしれない。
船に飾ってある故人の写真が若い方で仲間が船をひていたり、
小さな子どもさんの写真だったりすることもある。
当たり前のことだけど、毎年誰かが亡くなり、誰かが産まれていると実感する。
長崎出身のさだまさしさんの「精霊流し」という歌、
こんなに派手な長崎のお盆の行事の歌なのに、
暗いイメージだから敬遠してて、ちゃんと歌詞をきいてこなかったけど、
歩いていて、今年初めて歌詞が気になってきいてみた。
さだまさしってすごいと思った。私の歳がかわってきたからかもしれない。
母方の祖母が永眠し、みんなで集まるとひ孫や孫が、あの時代の誰に似てる!とか、
親戚内でそっくりさんを探す会話になったので、みんなで昔のアルバムをみた。
私の1歳。祖父母に囲まれてお祝いされている。
幸せ者だがもちろん全く気が付いていない様子。
私を抱くおじいちゃんは現在93歳。
今日は一緒に、おばあちゃんが作ってくれていたおはぎの話をしたりした。
おばあちゃんとのお別れは残念だったけど、普段は会えない人に会えたり、
お墓参りしたり、おじいちゃんにもまた会えた。
なかなか会えなくなった友だちにも会えた。
精霊流しもほんとに久しぶりみて、自分の年齢や立ち位置がかわってきたことも実感した。
おばあちゃんがこの独特の長崎のお盆に呼んでくれたとばいね。
おばあちゃん今までありがとね。
by hue2010 | 2013-08-16 23:07 | ながさきよかとこ